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11話-11 離れては月を見上げて。

last update Date de publication: 2026-06-05 13:00:31

あまりにも甘く、深い衝撃に、リリシアの全身から気付けば力が抜けていた。

抗う術もなく、頼りなく床へと崩れ落ちていくその身体をルファルは、素早く自らの両膝を突いてリリシアの後頭部を掌で庇い、もう片方の腕で体を抱き止める。

上から、月紐で一本に結ばれたルファルの美しい髪がさらりと流れ落ちた。

その髪がリリシアの頬をかすめ、至近距離で、互いに見つめ合う。

「大丈夫か?」

「は、はい……っ」

喉の奥から絞り出した声は、ひどく掠(かす)れていた。

本当は、この体勢のせいで少しも大丈夫ではなかった。

心臓がうるさい程に高鳴っている。

ルファルに支えられるようにして、リリシアはどうにか起き上がった。

すると、リリシアの両腕の付け根に、ルファルの大きな両手がそっと触れられる。

その瞬間、無詠唱で放たれた月の魔術の淡い光が、リリシアの身体を優しく包み込む。

本当に怪我がないか、無理をさせていないか、身体に異変がないかを確かめたのだろう。

やがて、ルファルは安堵したように深く息を吐いた。

「大丈夫なようだな」

しかしそれも束の間。ルファルは両目を閉じ、苦悶を滲ませた。

「――リリシア、すまない。どうかし
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    * * *アルベルトの過去に触れてから、リリシアの心は温かな何かに満たされていた。あの方の胸の内に宿る炎が、誰かを救う為のものだと知ったから。そうして瞬く間に時は流れ、修行を開始しておよそ3週間。末日の前日となっていた。昨日は青い炎の檻を半分以上壊すことが出来た。だから今日こそ、越えられるはず。そんな淡い期待を胸に抱くも、現実は非情だった。これまでにない程強固なアルベルトの青い炎の檻にリリシアは閉じ込められ、完全に囚われてしまう。――アルベルト様の本気がひしひしと伝わってくる。(……違う。これまでのものとは、圧倒的に違う……)ここで、死ぬかもしれない。そう思った瞬間、全身が凍りつくような感覚に襲われ、ごほごほっ、と激しい咳が込み上げた。咳は止まらず、視界がぐらりと揺れる。それでも、リリシアは必死に両手を床に突き、己を支えた。「けほっ……はぁっ、はぁっ……」(苦しい……息が上手く出来ない……もう、動けな……)弱音を心の中で吐いた時、ふと脳裏をよぎったのは、遠い地で同じように心身と戦っているルファルの姿だった。――そうだ。ルファル様に、約束したのだ。『待っている』と。ならば、約束を果たす為にも。このままここで、終わりにする訳には、いかない。リリシアは両目を閉じ、ひたすらに意識を集中させ、強く願う。――お願い、壊れて。その痛切な願いに呼応するように首元の宝石が神々しい光を放ち、清浄な結界が展開され、リリシアを包み込み、そして。――パリィィィ、ン。硬質な音と共に、青き炎の檻を粉々に破壊した。目を開けると、まるで色鮮やかな花びらが舞うように、あんなにも憎らしかった青き炎の檻が、跡形もなく霧散していく。ようやく、やっと……。檻を、壊せた。視界の端に、駆け寄って来たアルベルトの姿が映る。そして、いつもの明るい笑みを浮かべ、リリシアの頭をぐしゃりと撫でた。「リリシア、見事だ。――合格だ」その言葉と大きな手から伝わる熱に、張り詰めていた糸がふつりと切れる。大粒の涙が、堰を切ったように頬を伝い零れ落ちた。「今からシャイン皇帝とテオにその皆を伝える。ここで休んでろ」リリシアがコクンと頷くと、アルベルトはすぐさま、ふたりへ向けての報告に取り掛かる。焰の魔術で机上の2枚の書面と羽根ペンを浮かせ、目の前まで引き寄せるとペ

  • 月灯りの花嫁。   12話-1 抱えて、抱き締めて。

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    * * *この日の午後、リリシアの心は片時も休まることがなかった。旅立っていったルファルのことが頭から離れないせいもあるけれど、何より、今からこのフェニクス邸で「焰の魔術師」と呼ばれるアルベルトの修行を初めて受けることになっていたからだ。カイスと共に馬車に揺られ、辿り着いたフェニクス邸は、ハクヴィス邸程ではないにしろ、ため息が出る程立派で重厚な邸宅だった。今日から毎日、この見知らぬ場所へ通わなければならないのかと思うと、胸の奥が、ずんと重くなる。だが、僅か3日3晩ではあったけれど、ルファルとあれだけ命懸けの修練を重ねてきたのだ。(大丈夫……きっと、乗り越えられるわ)自分に言い聞かせるようにして凛とすると、邸宅の重厚な扉が開き、髪を真っ直ぐに切り揃えた双子の少年が姿を現した。「アルベルト様には、すでに言付かっております」「これより、特別室へご案内致します」示し合わせたように交互に告げる双子の歩調に合わせ、リリシアはカイスと並んで静かに後ろに続いた。長い回廊を歩く間、革靴の音だけが響く。「アルベルト様」「リリシア様一行をお連れ致しました」やがて少年達の声と同時に、豪奢なキャンドルの炎が妖しく揺らめいた。焰の魔術によってひとりでに開かれた特別室の扉。その先へと、リリシアはカイスと共に足を踏み入れる。すると背後で重々しい扉が閉ざされる。その部屋の中央、揺らめく灯火の中に立っていたのは、洗練された色香を纏う青年――焰の魔術師、アルベルトだった。高い背丈、肩まで無造作に流れる透明感のある髪が、引き締まった体躯に美しく映えている。そんな整った容姿のアルベルトが、どこか人を惹きつける明るい、けれど全てを見透かすような瞳でこちらを見た。「リリシア、この日を待ちわびたぞ。だが、悪いが俺が認めるまでは、テオの修行へは進ませねぇからな」その傲然(ごうぜん)とした響きに、リリシアは思わず息を呑む。「まずは早速、ルファルとの修練の結果を見せてもらおうか。――結界を張ってみろ」「

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    あまりにも甘く、深い衝撃に、リリシアの全身から気付けば力が抜けていた。抗う術もなく、頼りなく床へと崩れ落ちていくその身体をルファルは、素早く自らの両膝を突いてリリシアの後頭部を掌で庇い、もう片方の腕で体を抱き止める。上から、月紐で一本に結ばれたルファルの美しい髪がさらりと流れ落ちた。その髪がリリシアの頬をかすめ、至近距離で、互いに見つめ合う。「大丈夫か?」「は、はい……っ」喉の奥から絞り出した声は、ひどく掠(かす)れていた。本当は、この体勢のせいで少しも大丈夫ではなかった。心臓がうるさい程に高鳴っている。ルファルに支えられるようにして、リリシアはどうにか起き上がった。すると、リリシアの両腕の付け根に、ルファルの大きな両手がそっと触れられる。その瞬間、無詠唱で放たれた月の魔術の淡い光が、リリシアの身体を優しく包み込む。本当に怪我がないか、無理をさせていないか、身体に異変がないかを確かめたのだろう。やがて、ルファルは安堵したように深く息を吐いた。「大丈夫なようだな」しかしそれも束の間。ルファルは両目を閉じ、苦悶を滲ませた。「――リリシア、すまない。どうかしていた」まさか、あの冷酷と恐れられるルファルから謝罪の言葉を告げられるとは思わず、リリシアは小さく息を呑んで固まってしまう。謝って欲しい訳ではいのだ。むしろ、その。もう一度、あの口づけをして欲しい、などと――。ハッと我に返ったリリシアは、己の思考の浅ましさと猛烈な羞恥に耐えかね、顔を伏せた。なんて図々しく、破廉恥なことを考えているのだろう。ただ一度の口づけだけで耐えきれず、今も心臓が張り裂けそうな程に高鳴っているというのに。どう振る舞えば正解なのか分からず。リリシアが指先を震わせていると、月の光が降り注ぐバルコニーに起き上がった状態のふたりの間に形にならない、どこか気まずく、酷くもどかしい沈黙が流れた。「……部屋まで、送る」(送って、下さるんだ……)「あ……ありがとうございます」お礼を伝えるとルファルが静かに立ち上がる。リリシアもそれに続いて立ち上がったものの、どうしてもルファルの顔を見ることが出来なかった。* * *夜が明け、ついにルファルが遠い地へと発つ朝が訪れた。リリシアは邸宅の玄関に立ち、ルファルをお見送りする為に背筋を伸ばしていた。けれど、昨

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